ヤマハ世界グランプリライダー達・・・ケニー・ロバーツ、平忠彦、ウェイン・レイニーといった記憶に残るGPライダー達の勇姿を思い出す。

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ウェイン・レイニーとケビン・シュワンツのツインドリ!



ウェイン・レイニーとケビン・シュワンツのバトルが目に焼きついて離れない人も多いように思います。

1番は、なんといっても世界GP鈴鹿ラウンドでのシケインでの凄まじ い攻防ですよね。本当にいまだ忘れられません。

大げさかもしれませんが当時、彼らのレーシングバトルのおかげで日常の嫌になる事柄も忘れることができた仲間も多く存在しました。

ウェイン・レイニーとケビン・シュワンツのライバル関係の始まりは、 両者AMAスーバーバイクに参戦していた頃まで遡ります。

ウェイン・レイニーは1983年AMAスーバーバイクでカワサキに乗りチャンピオンを獲得します。

84年にはチーム・ケニー・ロバーツからWGP250クラスに参戦しましたが、目立った結果は残す事無く(!!) 、翌年からは再びAMAスーバーバイクに戻り、87年にはホンダに乗り再びスーバーバイクの チャンピオンを獲得!

ケビン・シュワンツは85年からヨシムラスズキに乗り87年までAMAスーバーバイクシリーズを戦います。 先行逃げ切り型のレイニーに比べ、シュワンツはここ一番の速さを持っていましたが、転倒も多く 安定感に欠けAMAでは87年のランキング2位が最高順位として留まりました。

一か八かの熱いライディングスタイルは、優勝あるいはリタイヤという明快さから大人気となり 多くのファンを獲得しました。

88年からはレイニーとシュワンツは同時にWGP500へステップアップします。 88年はWGP4強の時代とされ、エディー・ローソン、ワイン・ガードナーらと共に 激しいレースを展開。

89年になるとレイニーとシュワンツ、因縁のライバル関係の緊迫度は絶頂に達し、 開幕戦鈴鹿で見せた、暴れるマシンをねじ伏せながら、終始順位を入れ替える サイド・バイ・サイドのドリフトバトルを繰り広げたレースは、WGP史上に残る 名勝負として今でも語り継がれています。



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